10年運営して収益ゼロ。イラストに37万円を投じた囲碁ブラウザゲームが終わるまでの全支出
本業のかたわら2年かけて開発し、約10年運営した囲碁ブラウザゲームの終了記録。イラスト費は総額372,429円、年間の運営費は4,000円未満、そして収益はゼロだった。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
本業を持つ開発者が、夜と週末を使って2年かけて囲碁のブラウザゲームを作り、2016年2月22日に公開した。そこから約10年間、更新を続け、2026年にサービスを終了している。この10年間の収益はゼロである。
金額が出ている個人開発の記録は「いくら稼げたか」に偏りがちだが、この事例は逆側から数字を残している。何にいくら使い、何が返ってこなかったのかが分かる。
かかった費用と、返ってきた金額
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| イラスト制作費(総額) | 372,429円 |
| うちキャラクター1体あたり | 約10万円 |
| サーバー費 | 年約2,400円 |
| ドメイン費 | 年約1,200円 |
| 年間の運営費合計 | 4,000円未満 |
| 広告出稿 | 7,200円 |
| 獲得ユーザー | 17人(1人あたり423円) |
| 収益 | 0円(広告の最低支払額に未到達) |
支出の内訳が示しているのは、インフラはほぼ無料で回っていたという事実だ。年4,000円未満、月にすれば300円ほど。10年続けても総額4万円に届かない。個人開発を止めるのはサーバー代ではなかった。
止めたのは、その手前にある37万円である。イラストに投じた372,429円は、年間運営費のおよそ93年分にあたる。この事業でいちばん高かったのは、動かし続けるコストではなく、最初に見た目を整えるコストだった。
広告出稿が返した数字
数字として最も残酷なのは広告の行である。7,200円を投じて、獲得できたユーザーは17人。1人あたり423円。
収益がゼロである以上、この423円は回収の見込みがない支出だ。仮にこのゲームが1人あたり生涯100円を生んだとしても、獲得単価が4倍以上ある。広告で伸ばすという選択肢は、この単価が出た時点で閉じていた。
そして広告収益そのものも成立していない。広告は設置していたが、支払いの最低額に到達しなかった。これは「広告収入が少なかった」ではなく、「一度も振り込まれなかった」という意味である。
10年続いた理由と、終わった理由
このゲームは、囲碁のルールにキャラクターとガチャを載せ、登録不要で遊べる設計になっていた。弱いAIを相手に、囲碁を知らない人でも触れる入口をつくる狙いがある。企画としては筋が通っている。
続いた理由は単純で、維持費が年4,000円未満だったからである。売上がゼロでも、月300円なら本業の収入で吸収できる。撤退を強制する損益の圧力が、10年間かからなかった。
終わった理由は、金ではなかった。運営者が挙げているのは、改善しても反応が返ってこないこと、批判ですらなく「無反応」であること、そして囲碁人口そのものの見通しである。赤字が続いたのではなく、手応えが10年返ってこなかった。
12年で41万円、という総額
支出を通算してみる。イラスト372,429円に、運営費を年4,000円として10年で約4万円、広告出稿7,200円。合計しておよそ41万円である。開発期間2年を足せば、12年で41万円。年あたり約3.4万円、月あたり約2,800円。
金銭的には、趣味として十分に成立する範囲だ。この事業が失ったのは金ではなく、2年の開発と10年の更新に費やした時間だった。そして時間のほうは、支出として記録に残らない。
収益0円という数字は、その分布のどこにも乗らない。中央値を作っている事例群は、そもそも「金額を公開する気になった」側だけで構成されている。0円の10年が集計に入ることは、ふつう起きない。この事例が貴重なのは、その入らないはずの1件が数字つきで残っていることにある。
「無反応」という指標
運営者が終了理由の筆頭に挙げているのは、批判ではなく無反応だった。ここは金額の話より重要かもしれない。
赤字が出ている事業には、止めるべきかどうかを判断する材料がある。損失額という指標が毎月更新されるからだ。この事業には、その指標がなかった。収益ゼロ、費用は年4,000円未満。損益では何も動かない。残る判断材料は「反応があるかどうか」だけになり、それが10年間ほぼゼロだった。
改善しても反応が返らない状態が続くと、次に何を作るべきかを決める根拠が自分の主観しかなくなる。需要を確かめる工程を挟まずに作り込み、コミットが来なくなって止まった個人開発アプリと同じ袋小路である。違うのは、こちらがそこに10年とどまったことだ。
効かなかったこと
この記録から拾える「やったが効かなかった」施策は3つある。
見た目への投資。37万円のイラストは、ユーザー獲得の決め手にならなかった。カジュアルゲームでは絵が集客の鍵になるという前提が、この規模では働かなかったことになる。
広告出稿。1人423円で17人。金額が小さいので損失は限定的だが、単価としては成立していない。
改善の継続。機能追加や調整を続けたが、反応が返ってこなかった。改善が効いたかどうかを測る指標を持たないまま更新を重ねたことは、需要を確かめる工程を挟まないまま作り込んで止まった個人開発アプリと同じ構造である。
再現の条件と限界
この10年から引き出せるのは、維持費が極端に安い事業は、撤退の判断も同じだけ遅れるという点だ。月300円のサービスは、損益では止まらない。止めるかどうかは、運営者の気力が尽きたかどうかで決まる。裏を返せば、金銭的な痛みがないぶん、「いつ止めるか」の基準を自分で決めておかないと、10年が過ぎる。
引き出せないのは、テーマの選択である。囲碁というジャンルは競技人口の見通しがはっきりしており、運営者もそれを終了理由に挙げている。同じ「10年」でも、7〜10年かけて安定した売上に届いたコインランドリーのように、時間が味方になる事業とそうでない事業がある。
なお、この記録にはユーザー数の実数(DAU/MAU)が出ていない。「アクセスは非常に限られていた」「検索での露出がほぼなかった」といった記述はあるが、数字はない。10年ぶんのアクセスログがあれば、どの改善が効いてどれが効かなかったかを検証できたはずで、そこが残っていないことも含めて、この事例の記録である。
出典
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