コラム

ちいかわ、興収168.5億円までの12年。出発点は誰でも並べられる棚だった

2026年の年間興行収入1位は、Xに載った4コマから始まったちいかわで、公開66日の興収は168.5億円だった。出発点は2014年にLINEが開いた、誰でも並べられる棚である。12年を年表にすると、作者本人が公開した金額は1つも出てこない。

執筆: Small Start 編集部(掲載事例を1件ずつ数えています。事実は出典に、見立ては編集部に帰属します)
ちいかわ、興収168.5億円までの12年。出発点は誰でも並べられる棚だった

掲載事例の本文を全文検索すると、「ナガノ」という名前が1か所だけ出てくる。LINEスタンプで月10万円に届いたマツモトユキエ氏が、自分の作品数を他の作家と並べた行の中だ。「ナガノさん…73件 いしいともこさん…672件 紅おれんじさん…223件」。自分はまだ27件なのでひよっこだ、と本人は続けている。この事例が書かれた時点で、73件はただの比較対象でしかない。

その73件を出した作家のキャラクターが、2026年の日本でいちばん人を集めた映画になっている。『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は7月24日公開。9月27日までの66日間で興行収入168.5億円、動員1,155万人。『THE FIRST SLAM DUNK』の166.7億円を抜いて歴代14位に入った。

国民的キャラクターの歴史は、たいてい出版社かテレビ局の企画書から始まる。ちいかわはそこから始まっていない。出発点は2014年5月8日、LINEが審査を通したスタンプを誰にでも売らせると決めた日にできた棚である。そして同じ棚には、2年やって累計1,807円という掲載事例も並んでいる。

ここでは棚から劇場までの12年を年表にして、途中で何が切り替わったのかを追う。先に言っておくと、年表を作り終えて引っかかったのは興収の桁ではなかった。

2014年5月8日に開いた棚から、2026年7月の447スクリーンまで

年月出来事出典に載っている数字
2014年5月8日LINE Creators Market が審査済みスタンプの販売を開始登録クリエイター3万人・申請5,000セットを突破。売上の50%をクリエイターに分配
2017年ナガノ氏がXで、ちいかわの登場する漫画を投稿し始める記載なし
2020年1月ちいかわが専用の独立アカウントで公開されるようになる開始時の本人のフォロワーは33万人
2020年7月ちいかわのLINEスタンプを発売記載なし
2021年3月度LINEの「トップクリエイター部門」でMVPDL数・利用頻度・話題性からの総合評価
2022年4月4日テレビアニメ放送開始(フジテレビ「めざましテレビ」内)第1話は7時40分頃
2022年日本キャラクター大賞グランプリ以後2024・2025・2026も受賞
2024年3月29日上海でポップアップストアを開く3日間の売上は約800万元
2024年4月12日第53回日本漫画家協会賞 萬画部門を受賞記載なし
2024年11月28日LINE Creators Market 10周年のアワードで部門賞棚は10年間で2,300万パッケージ、クリエイター750万人以上
2025年3月ゲーム「ちいかわぽけっと」を配信最初の1週間ほどで300万ダウンロード
2025年11月21日コミックス第8巻当時の累計460万部突破(電子含む)
2026年6月17日日本キャラクター大賞で3年連続グランプリ、史上初の殿堂入りグランプリは通算4度目
2026年7月24日『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』公開447スクリーン(通常382・IMAX 65)、最初の3日で22.4億円
2026年9月27日公開66日興収168.5億円・動員1,155万人、歴代14位
2026年11月20日(予定)コミックス第9巻累計500万部突破

12年を1枚に落とすと、切り替わった地点は4つしか無い。棚(2014年)、連載用のアカウント(2020年)、朝の放送枠(2022年)、劇場(2026年)である。どの地点でも、作者が出しているものは変わっていない。変わったのは、同じ絵と4コマを置く場所だった。

もう一つ、年表に入れられなかった行がある。2020年から2026年までのあいだに、作者の取り分が分かる数字は一度も公表されていない。この空白はあとで扱う。

あの棚が数えているのは、読まれた量ではなく送られた量だ

出発点になった棚の性質を押さえておきたい。LINEスタンプの収益は、2つの数え方で決まる。買い切りで売れた個数と、月額のプレミアム経由で送信された回数である。

当サイトで記録しているurajo氏の2024年8月は、この2つが同じ画面に並んでいる。販売個数2,530個、単品販売の売上282,544円に対し、分配金の合計は322,211円。うち221,442円がプレミアム分で、比率は68.7%。同月のスタンプ送信回数は105,520回だった。約10年・約330種を積んだ結果、収益の重心は「売れた回数」から「使われた回数」へ移っている。

つまりこの棚は、作品が読まれた量を数えていない。会話の中で何回押されたかを数えている。出発点がここだったという事実は、12年後の器の選び方と地続きだと編集部は見ている。4コマも、朝の情報番組の数分も、生活の中で繰り返し触られる形式である。読者を座らせて90分見せる形式は、この12年でいちばん最後に来た。

同じ棚に、2年で1,807円と1人あたり13億円が並んでいる

LINEは棚の実績を節目ごとに公開している。2022年4月の時点で、登録クリエイターは世界で500万人、販売中のスタンプは1,500万セット、8年間の販売総額は1,200億円を超えた。同じ発表に分布も載っている。売上上位10名の平均は13億5,200万円で、累計1億円以上を売ったクリエイターは198名だった。

198名を500万人で割ると0.004%になる。販売総額1,200億円を500万人で割れば1人あたり2万4,000円だが、上位10名の平均が13億円を超える分布で平均値を出す操作に意味はない。

分布の底に近いところは、当サイトが記事にしている。

同じ棚の上で、2年分の1,807円と、上位10名の平均13億5,200万円が、どちらも「クリエイターズスタンプの売上」と呼ばれている。

この棚の設計そのものは断定してよい。参入の手続きを限界まで削る代わりに、見つけてもらう仕事を全部クリエイター側に残した設計である。審査を通れば誰でも並べられるが、並べたあとに客を連れてくる仕組みは用意されていない。累計1,807円は作品の出来の話ではなく、この設計の既定値に近い。

そしてちいかわは、棚の底から始まった作品ではない。2020年1月に専用アカウントで連載が始まった時点で、作者のXのフォロワーは33万人あった。自分ツッコミくまで棚の上位に立ち、10周年のアワードでも部門賞を受けている作家が、次に出した作品がちいかわだった。この順番を取り違えると、年表は読めなくなる。

出力は4コマのまま、置き場所だけが1段ずつ大きくなった

権利表記は「©nagano」である。著作権は作者の側に残り、キャラクターグッズのライセンス事業は外部の会社との提携で回している(nippon.comの記事による)。出版は講談社、放送はフジテレビの枠、配給は東宝。

この並びを見ると、12年でやったことは1つに見えてくる。4コマという出力を変えないまま、その出力を受け取る器を1段ずつ大きいものに替えていったことだ。スタンプの棚、連載用のアカウント、コミックス、朝の情報番組の中の数分、グッズのライセンス、ゲーム、劇場。器が大きくなるたびに、同じ絵へ接続される他社の労働が増えていく。

ちいかわを大きくしたのは作品の拡大ではない。器の替え方である。4コマの尺も密度も、2020年と2026年で大きくは動いていない。動いたのは、1本の4コマが何人に届くかと、その届け方を誰が負担するかだった。

替え方のうち、いちばん効いた選択は2022年4月のアニメ化で選んだ枠だと考えている。深夜の30分枠ではなく、朝の情報番組「めざましテレビ」の中の数分。第1話は7時40分頃に流れた。作品として腰を据えて見せる形ではなく、生活の時間割に差し込む形である。登校前と出勤前の時間帯に、毎朝、短い尺で出る。

この枠を取ると、1話あたりの情報量では深夜アニメに負ける。代わりに、見るかどうかを毎回決めなくてよくなる。器の大きさを取ったのではなく、接触の頻度を取った判断だ。公式アカウントのフォロワーは、その判断の前後で増え方が変わっている。

ちいかわ公式アカウントのフォロワー推移

40万 2020年末 80万 2021年末 170万 2022年末 280万 2023年末 約400万 2025年4月 2022年4月 アニメ放送開始
nippon.comの記事に載っている年ごとの推移から作成。2024年の値は記載が無い。

2020年に1万人から40万人へ、2021年に80万人、アニメが始まった2022年に170万人、2023年に280万人、2025年4月に約400万人。1年あたりの増加は、2021年の40万人に対して2023年は110万人になっている。朝の数分は1回の単価がほとんどゼロだが、毎朝ゼロを足し続けるとこの形になる。

毎朝の数分を4年積んだ先に、3日で22.4億円があった

映画の立ち上がりは異様に速い。最初の3日で22.4億円。そこから10日で44億円、20日で80.7億円、30日で100億円、66日で168.5億円。発表されている節目をつないで1日あたりに割ると、こうなる。

期間その間の増分1日あたり
公開から3日22.4億円約7.5億円
4日目から10日約21.6億円約3.1億円
11日目から20日約36.7億円約3.7億円
21日目から30日約19.3億円約1.9億円
31日目から66日約68.5億円約1.9億円

節目の発表は「突破」の値なので、増分は概算である。それでも形は読める。初週の1日あたりは1か月後の約4倍で、最初の3日に行くと決めていた客が相当いた。一方で31日目以降も1日1.9億円で平らに続いていて、2か月目以降の36日間が全体の4割を運んでいる。初週で刈り取って終わる曲線ではない。

ここからは推測だが、この両端を同時に作ったのは毎朝の4年3か月だと読んでいる。初週の密度は、公開前から存在した「行く理由」の量である。長い尾のほうは、映画を見ていない人にもキャラクターが届き続けている状態の反映だ。放送はいまも続いている。

注意書きを1つ入れておく。興行収入は劇場で売れたチケットの総額であって、誰かの売上ではない。劇場・配給・製作でまず分かれ、原作の取り分はさらにその先にある。168.5億円から作者の手取りを逆算することはできない。

この12年から再現できる条件は、ほとんど無い

先に限界を書く。年表としてはきれいに繋がるが、再現の手順書としてはほぼ使えない。

母数が合わない。棚に並べた人は2014年の3万人から2022年に500万人、2024年に750万人になり、そのうち年間興収1位の映画になったキャラクターは1つである。この確率の事象を手順に分解しても、手順の側に説明力はほとんど残らない。

出発点もゼロではなかった。33万人のフォロワーは、棚で先に結果を出したあとの数字である。2020年以降だけを真似ようとすると、2014年から2019年にかけて積まれた部分が最初から欠ける。

作風については、編集部に評価する能力が無いので何も断定しない。ただ、年表に出てくる数字は全部「器が変わったあとの数字」であって、作風を測った数字は1つも無い。ここから読み取れるのは順番の話だけだ。

当サイトがちいかわを事例記事にしていない理由も、ここに繋がっている。掲載の条件は、運営している本人が金額を公開していることだ。ちいかわについて公開されている金額は、全部ほかの会社の数字である。

数字の出どころで並べ替えると、作者の列が空になる

年表の数字を、誰が公開したかで並べ替える。

数字公開したのは公開する理由
興収168.5億円・動員1,155万人配給(東宝)側の発表上映中の宣伝になる
累計500万部・460万部出版社(講談社)次の巻が売れる
2,300万パッケージ・1,200億円・198名プラットフォーム(LINE)棚に作る人を集めたい
約800万元・300万ダウンロード現地の運営・ゲームの運営勢いの証明になる
2年で累計1,807円本人書くこと自体が記録になる

この12年の記録に、作者本人が出した金額は1つも無い。印税率も、ライセンスの取り分も、スタンプの分配金も公開されていない。桁の大きい数字はすべて、その数字を出すと得をする会社が出している。作者の列は空のままだ。

公開されている数字は、公開する理由があった数字である。当サイトの集計はこの前提の上に乗っていて、金額の分布はいつも「公開した人の分布」にすぎない。ちいかわの年表は、その偏りがいちばん大きく出た見本になっている。興収は1円単位まで追えるのに、その興収を生んだ作品の作者が受け取る額は、桁すら分からない。

逆のことが1,807円の側で起きている。2年で1,807円という数字は、小さいからこそ書けた。書いても失うものが無く、書けば記録になり、記録が読まれる。だから当サイトの掲載425件は、金額の小さい側に厚い。金額が大きくなるほど、本人の数字は消える。

棚の分布をもっと見るなら、ソロと副業の月商を集計した一人でどこまで行けるのかと、事業種別ごとの中央値を並べた事業種別マップがある。月商や売却額の定義はデータ集計の「数字の読み方」に置いた。年表の各行の出どころは、この記事の出典欄にまとめてある。

棚の記録は、いまも1,807円の側にしか残っていない

12年の年表を作り終えて、いちばん長く止まったのは168.5億円ではない。その横に、作者が自分で出した数字が1行も無いことだった。興収も部数もダウンロード数も、こちらが知りたい数字ではある。ただどれも「作品を使って商売をしている会社の数字」であって、作り手の事業の数字ではない。

棚に並べた人の数は、2014年の3万人から2024年の750万人になった。そのうち年表を書いてもらえるのは1人で、残りの数字は本人が書かないかぎり誰も書かない。当サイトが1,807円の記事を持っているのは、ほとんどそれだけの理由による。

ちいかわの作品紹介には、講談社の作品ページにこうある。「労働の報酬でほしいものを手に入れようとしたり」。労働と報酬の距離を毎回4コマで描いている作品が、その距離をいちばん開いた形で商売になった。皮肉として書いているのではない。器を替えれば距離が開くというのは、この年表がいちばんはっきり示していることだ。

映画の168.5億円は記録として立派だが、あれは棚の記録ではない。棚の記録は、いまも1,807円と979万円の側にしか残っていない。次に数えるときは、興収の更新ではなく、あの棚にいま何人が並んでいるかのほうを数えたい。

出典

本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 「報道」は他メディアが取材・整理した記事で、数字はその報道時点のものです。 詳細は必ず出典をご確認ください。

本コラムは、Small Startに掲載している事例(すべて出典付きの公開情報)の集計と、公開情報の分析にもとづく編集部の見解です。特定の事業・投資・副業を推奨するものではありません。

ほかのコラムを読む →
この記事は、出典として「Small Start(small-start.com)」の明記と本ページへのリンクがあれば、ニュース・ブログ・生成AIの回答などで自由に引用・転載できます(事前連絡は不要です)。 転載・引用について →
この記事が参考になったら、シェアで応援
Xでシェア