コラム

解約率を公開した10件を並べた。月3%と月10%で、売上の天井は3倍以上違う

解約率の実数を公開している掲載事例は431件中10件しかなく、同じ物差しで比べられるのは5件だった。幅は月3%未満から月10%未満で、天井の倍率に直すと33倍と10倍になる。下げた3件がやったのは製品改良ではなく、解約を決める回数を減らすことだった。

執筆: Small Start 編集部(掲載事例を1件ずつ数えています。事実は出典に、見立ては編集部に帰属します)
解約率を公開した10件を並べた。月3%と月10%で、売上の天井は3倍以上違う

2026年7月に一人でどこまで行けるのかを書いたとき、天井の話を労働時間で片づけた。ソロと副業121件を数えて、月商の桁を分けていたのは働いた時間ではなく、売上が自分の労働から切り離されているかどうかだと書いた。あの集計は取り消さない。ただ、切り離したあとを数えていなかった。

労働から売上を切り離す代表的な形は月額課金である。一度契約されれば、手を止めた月も入金がある。そのかわり、労働とはまったく無関係な別の天井が付いてくる。毎月、契約の何%かが消えていく。

掲載事例431件の本文を「解約率」「チャーン」「継続率」で検索した。率の実数まで書いてある事例は10件。そのうち、同じ物差しで横に並べられるのは5件だけだった。

5件の幅は月3%未満から月10%未満である。数字としては誤差のように見える。ところがこれを天井の倍率に直すと、33倍と10倍になる。同じだけ新規を取っても、売上が水平になる場所が3倍以上ちがう。

率を書いていたのは431件中10件。しかも同じ物差しは5件だった

事例書かれている率それは何を測った率か規模
FeedbackPanda月3%未満月次解約率MRR $55,000(売却済み)
DataFast月約7%月次解約率MRR $15,800
Data Fetcher月10〜11% → 7%月次解約率MRR $23,000
ScreenshotOne月9%月次解約率MRR $32,000
Talknotes月10%未満月次解約率月商 $9,000
Ghost2.92%ネットチャーン(解約から増額を引いた後)ARR $11,055,673
The Lab初回更新94%・以降90%超年1回の更新継続率年商$609,256の69%
Social Burro75%6〜12ヶ月のリテイナー契約の継続率月商 $13,000
IsTalk18.8%週次の利用継続率(課金の解約ではない)月収250万円
Noosa Labs前年比20〜30%改善改善幅のみ。水準は非公開合計MRR $120,000

下の5件は上の5件と同じ列に置けない。Ghostのネットチャーンは解約と増額を差し引いた後の数字で、記事を書いた時点でも内訳は読めなかった。The Labは年払いしか置いていないので、月次の解約率がそもそも存在しない。Social Burroは月額課金ではなく6〜12ヶ月のリテイナーで、75%は契約更新の率である。IsTalkの18.8%は課金の継続ではなく、アプリを翌週も開いた人の割合だ。Noosa Labsは改善幅だけで、元の水準が無い。

同じ「解約率」という語が、10件で6種類の別の数字を指していた。この時点で、業界の平均値を引いて自分の数字と比べる行為にはほとんど意味がないことが分かる。

月3%と月10%で、天井は33倍と10倍になる

月額課金の売上が最終的にどこで止まるかは、2つの数字で近似できる。

定常状態のMRR ≒ 毎月の新規MRR ÷ 月次解約率

この式はScreenshotOneの記事で出典のケーススタディが「Max MRR = 新規MRR ÷ 解約率」として提示したもので、Data Fetcherの記事でも同じ式を試算に使った。下の倍率(1÷解約率)は本稿の試算であり、各事業者が示した数字ではない。

月次解約率と、天井の倍率

FeedbackPanda 33倍(月3%未満) DataFast 14倍(月7%) Data Fetcher 14倍(月7%) ScreenshotOne 11倍(月9%) Talknotes 10倍(月10%未満)
倍率は1÷解約率による編集部の試算。「未満」は上限値として扱った。Data Fetcherは改善後の7%で、改善前の11%なら9倍になる。

5件の中央値は月7%、倍率にして14倍だった。ただし2件は「未満」という書き方なので上限値として扱っており、実際の中央値はこれより下にある可能性がある。

この式の意地が悪いのは、改善が線形に効かないところだ。月10%を9%に下げても、天井は10倍から11倍にしか動かない。ところが月4%を3%に下げると、25倍から33倍へ8倍ぶん動く。**1ポイントの重さは、低いところほど増していく。**上から下げ始めた事業が「効いている実感が無い」と感じるのは、気のせいではなく分数の形がそうなっている。

1件だけ、天井に実際に当たっていた

10件のうち、分子にあたる新規MRRまで公開しているのはScreenshotOneだけである。ウクライナのDmytro Krasun氏が一人で公開したスクリーンショットAPIは、毎月の新規MRRが約$3,000、月次解約率が9%。式に入れると$33,333になる。4年かけて到達した実際のMRRは$32,000で、そこから成長が止まった。

掲載しているSaaS事例で月商を公開している106件の中央値は月686万円なので、$32,000という水準はその中に埋もれる数字である。特別に小さいわけでも大きいわけでもない。注目すべきなのは、その事業が止まった場所が4年前から計算できたという点だ。

出典のケーススタディは、9%という解約率の原因を製品の品質ではなく用途の寿命に置いている。ローンチ用のOGP画像を作り終えたら、スクレイピングのプロジェクトが終わったら、顧客は不満なく満足して解約していく。1,000件を超える顧客を4年集めても、使い続ける理由のある顧客層がまだ見つかっていない。

編集部はこの4年を失敗の記録として読まない。分母を動かさないまま分子を増やし続けた記録である。

下げた3件は、製品を直していない

解約率を実際に下げた、あるいは低く保っている事例を見ると、やっていることが揃っている。

Data Fetcherは2023年8月からの5ヶ月、MRRが$6,000で横ばいになった。12月に実行したのは2つだけだ。年額プランに50%の割引を付けたこと、そして料金ページの初期表示タブを月額から年額に切り替えたこと。これで月次解約率が10〜11%から7%へ下がり、止まっていた成長が再開した。倍率で言えば9倍から14倍へ動いている。機能には手を付けていない。

The Labは月額プランを置いていない。有料コミュニティの支払いは年払いのみで、理由として「月額会員は、ピア同士の関係が土台の場では失敗する設定だ」という言葉が出てくる。初回更新時の継続率は94%、以降も90%超で推移している。会員数は200人で打ち止めにしてある。

IsTalkは逆から入っている。週次の利用継続率は18.8%で、大部分の利用者は翌週にはもう開かない。その短さを前提に、熱量がいちばん高い初週にCVR37.5%で年額2,500円へ転換させる設計になっている。月収250万円はその結果である。

3件とも、使われ方そのものは変えていない。変えたのは、顧客が解約を決める回数だ。月額課金は年に12回、年払いは1回しか判断の機会を与えない。

年払いは穴をふさいでいない。判断の回数を減らしている

率直に言えば、この3件がやったことを「解約率の改善」と呼ぶのは少し甘い。ScreenshotOneの出典が指摘しているとおり、率を押し上げているのは用途の寿命である。年払いに寄せても、OGP画像を作り終えた顧客が翌月からAPIを叩き続けるようにはならない。動いたのは、その顧客が「やめる」と口に出す機会が12回から1回に減ったことだけだ。

それでも天井は本当に上がる。定常状態の計算に入るのは契約が続いているかどうかであって、使われているかどうかではない。しかも年払いは前受けなので、現金は先に入る。数字としては、穴の前にフタを1枚置けば小さくなる。

代償も同じ場所に出る。年に1回しか判断させないということは、不満の検知も年に1回になるということだ。The Labが会員を200人で止めて同じ相手と長く付き合う設計にしているのは、この代償を人数の少なさで引き受けている形だと読める。年払いだけを真似て人数を増やすと、検知できない不満が1年分たまる。

ここからは推測だが、年払いへの寄せが効くのは、用途が終わるまでの期間が契約期間より長いときだけだ。3ヶ月で用が済むプロダクトに年払いを置けば、返金要求と評価の悪化で戻ってくる。IsTalkが年額2,500円という低い額で設計しているのは、この順序を踏み外していない。

月3%の側は、顧客の仕事が終わらない場所にいた

いちばん低いFeedbackPandaの月3%未満は、課金の周期で作った数字ではない。オンライン英語の講師が授業ごとに書くフィードバックという、毎日発生する作業の中に入っている。顧客約5,000人、MRR $55,000、創業2年でSureSwift Capitalへ7桁ドルで売却している。

ただしこの3%には別の意味もあった。顧客の大半が特定のオンライン英会話企業の講師で、その企業の方針が変われば一度に消える構造だった。Arvid Kahl氏はそのリスクが顕在化する前に売っている。低い解約率は、最高値で売れる窓が開いている印でもある。

Ghostのネットチャーン2.92%も低い側だが、こちらは解約と増額の差し引き後なので上の5件と同じ列には置けない。ARR $11,055,673という規模を13年かけて作り、その数字を公式サイトでライブ公開している会社である。メディア運営者はCMSを乗り換えない、という事情のほうが数字に出ていると見るべきだろう。

低い側に共通しているのは製品の出来ではなく、顧客の仕事が終わらないことだ。教師は毎日授業をし、メディアは毎日記事を出す。

数えた範囲と、数えられなかったもの

限界のほうが多い集計である。

同じ物差しで並べられたのは5件だけで、しかも顧客ベースの解約率なのか収益ベースなのかを明記している事例は1件も無い。2件は「未満」という書き方で、上限値として扱った。中央値7%はこの扱いに引きずられている。

天井の位置を実際に検算できたのは1件である。分子にあたる新規MRRを公開している事例が他に無いためで、残りの9件については倍率までしか出せない。倍率は定常状態の近似であって、成長中の事業の現在地を説明する数字ではない。

母集団も偏っている。431件のうち率を書いたのは10件で、公開されているのは売却の直前か、止まったことを自分で書いた人の数字に寄っている。好調な最中に解約率だけを出す理由は、ふつう無い。

分布のほうを見たい場合は、ソロと副業の月商を集計した一人でどこまで行けるのかと、事業種別ごとの中央値を並べた事業種別マップにある。SaaS事例の一覧はSaaSのテーマページ、月商の定義はデータ集計の「数字の読み方」に置いた。

この数式には、努力の項が入っていない

ScreenshotOneの4年は、努力が足りなかった記録ではない。毎月$3,000の新規を積み、1,000件を超える顧客を集めて、それでも$32,000で水平になった。分母を変えないかぎり、分子をいくら増やしても天井は比例でしか動かない。式のどこを探しても、頑張りが入る場所が無い。

7月に「天井を決めるのは労働時間ではない」と書いたことは、取り消さずにそのまま置く。足すとすれば、労働から売上を切り離した先には解約率という第二の天井があり、そちらは製品の出来ではなく顧客の用途がいつ終わるかで決まっている。切り離して終わりではなかった。

いちばん落ち着かないのは、この天井は知らなくても成立してしまう点だ。10件のうち9件は分子を公開していないので、自分の天井の位置を把握しているのかどうかも外からは分からない。月額課金を始めるとき、計算に必要な数字は新規MRRと解約率の2つだけで、どちらも初月から手元にある。それでも誰も計算しない。

出典

本記事は上記の公開情報の要約と独自分析です。 詳細は必ず出典をご確認ください。

本コラムは、Small Startに掲載している事例(すべて出典付きの公開情報)の集計と、公開情報の分析にもとづく編集部の見解です。特定の事業・投資・副業を推奨するものではありません。

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