毎週末2時間を4年半。割り勘アプリが1日50人から月間30万ユーザーになるまで
新卒2年目に同期と作った割り勘計算サービス「Walica」は、リリース後1年間は1日の利用者が50人に届かなかった。検索で見つかるようになってから伸び始め、2023年3月に月間30万ユーザーへ。運用コストは年間ドメイン代1,000円ほどから始まっている。
執筆: Small Start 編集部(公開情報の要約+独自分析)
個人開発サービスの多くは、伸びないまま止まる。止まる理由の大半は資金でも技術でもなく、「伸びない期間に手を動かし続けられるか」である。割り勘計算サービス「Walica」の開発者がQiitaに公開した記録は、その伸びない期間が1年以上あったこと、そしてその間の運用コストが年間1,000円ほどだったことを明示している。
サービスは、旅行や飲み会の後で「誰が誰にいくら返せばいいのか」を計算するWebアプリだ。作ったのは新卒2年目の会社員で、会社の同期と一緒にリリースした初めての個人開発サービスだった。
リリースから4年半のタイムライン
| 時期 | 出来事 | 規模 |
|---|---|---|
| 2018年10月 | 日本語版「Walica」をリリース | — |
| リリース後1年 | ほぼ横ばい | 1日の利用者が50人に届かない |
| その後 | 「割り勘 アプリ」「割り勘 計算」で検索上位に | 加速 |
| 2021年末 | 英語版「Spliito」をリリース | Twitter広告中心 |
| 2022年末 | Spliitoのランディングページを全面刷新 | インドなど各国から流入 |
| 2023年3月 | 月間30万ユーザーを達成 | 目標は100万MAU |
リリースから月間30万ユーザーまで、およそ4年半。その間の開発は、直近では毎週末2時間ほどというペースで続けられている。
この事業のコスト構造
数字のなかで最も見落とされやすいのは、収益ではなくコストのほうである。
初期は「年間のドメイン代1,000円くらい」でほぼゼロコスト運用だった。現在はHerokuで運用しており、無料枠では収まらない規模になっているが、それでも個人が週末に触る範囲の負担にとどまる。収益源はGoogle AdSenseに100%依存しており、原典に金額の記載はない。
この構造が意味するのは単純で、「1日50人しか使わない1年間」が赤字にならなかったということだ。撤退を強制する要因が存在しなかった。継続の理由として本人が挙げているのも、自分にとって普通に便利であること、友人と使ったときの反応がよかったこと、そしてユーザー数は少ないながら前月比では伸び続けていたこと、の3点である。
伸び始めた瞬間は、検索に出るようになったとき
日本語版の軌道が変わったのは、「割り勘 アプリ」「割り勘 計算」といったキーワードで検索上位に表示されるようになってからである。本人がターニングポイントとして挙げているのはこの点だ。1日50人に届かなかった水準から、最終的に月間30万ユーザー(単純計算で1日あたり1万人規模)まで到達している。
英語版には、もう一つ別の転機がある。2021年末にリリースした「Spliito」は、当初Twitter広告で伸ばそうとしていた。結果は本人の言葉どおりで、広告は「一時的には伸びるのですが、そもそもこのサービスを使うための課題を持っている人にリーチできてない」。
そこで2022年末、集客の入口を作り直した。具体的な手順は次の3つである。
- Walicaのトップページをそのまま英語にしただけの状態から、サービス説明とキーワードを盛り込んだランディングページに作り替えた
- 文章はDeepLで日本語から英語に翻訳し、その英文をChatGPTで改善した
- どのキーワードを狙うかは、DMM英会話のネイティブ講師に「この種のサービスを検索するとき、どういうキーワードで検索しますか」と質問して決めた
この後、インドをはじめ多くの国からユーザーが流入するようになった。
なぜ広告は効かず、検索が効いたのか
日本語版と英語版で起きたことは、同じ構造の繰り返しである。
割り勘の精算という課題は、発生する瞬間がはっきり決まっている。旅行から帰った直後、飲み会が終わった直後だ。そのタイミング以外にこのサービスを必要とする人はいない。逆に言えば、必要になった瞬間の人は、ほぼ確実に検索する。
SNS広告はこの構造と相性が悪い。広告が表示されるタイミングは配信側の都合で決まるので、大半は「いま精算に困っていない人」に当たる。一時的に数字が動いても、課題が発生していない以上、使われずに終わる。検索は逆で、課題の発生と接触のタイミングが一致している。母数は広告より小さくても、当たった1人が使う確率が違う。
さらに、この種のサービスには再訪の理由がある。旅行や飲み会は繰り返し起きるので、一度使って便利だと感じたユーザーは次の機会にも戻ってくる。検索で入ってきた1人が複数回の利用になり、その積み上げが4年半かけて月間30万まで届いた、と読むのが自然だ。
機能追加の方針も、この読み方を補強する。本人は要望の反映に保守的で、実装したときに何%のユーザーが幸せになるか、認知負荷がどれだけ増えるかを慎重に検討している。検索から来た初見のユーザーが迷わず精算を終えられることが、このサービスの価値そのものだからである。
見えていないもの、そして限界
この事例は、数字の一部が公開されていない。
最大の欠落は収益額である。Google AdSense 100%依存という事実は書かれているが、月いくらなのかは記されていない。月間30万ユーザーのWebサービスの広告収益がどの水準なのかは、この記録からは分からない。本人が今後の方針として「広告枠をダイレクトに企業に売ったほうが儲かるんじゃね?」と書いていることからは、現状のAdSense収益に伸びしろを感じている様子はうかがえるが、それ以上の推測はできない。
構造上のリスクもある。検索流入への依存は、検索エンジン側の変更をそのまま受ける。無料の割り勘計算という領域は参入障壁が低く、上位表示を維持できる保証はない。加えて、Herokuという単一のホスティングに依存した個人運用であることも、規模が上がるほど重くなる。
比較対象として本人が挙げているのは日程調整サービスの「調整さん」で、月間400万ユーザーとされる。同じ「イベントに付随する小さな面倒」を扱うカテゴリで、10倍以上の規模が存在する。30万という数字は到達点ではなく、まだ途中の位置にある。
真似できること、できないこと
移植しやすいのは、コスト構造と検索の狙い方である。
年間1,000円で運用できる形にしておけば、伸びない1年は「損失」ではなく単なる待ち時間になる。撤退判断を迫られないこと自体が戦略として機能する。狙うキーワードについても、この事例のやり方は再現しやすい。英語版で使った「そのカテゴリの母語話者に、どう検索するかを直接聞く」という手法は、DMM英会話でなくても成立する。自分の語感でキーワードを決めない、という原則が本体だ。
一方で真似できない条件もある。
第一に、「割り勘 計算」のように検索語がはっきり存在する課題であること。すべての個人開発サービスが、ユーザーが言語化して検索する種類の問題を扱っているわけではない。検索需要がない領域では、この戦略はそのまま外れる。
第二に、自分自身が毎回のユーザーであったこと。本人が継続理由の筆頭に挙げているのは「自分にとっては普通に便利」である。1日50人の時期に手を動かし続けられたのは、外部からのフィードバックではなく自分の実利があったからだ。他人のための課題を、収益ゼロで4年半触り続けるのは別の難易度になる。
第三に、開発の速度そのもの。新卒2年目のエンジニアが週末2時間で改善を積める前提があって初めて、この低コスト構造は成り立つ。外注すれば、年間1,000円という運用費は成立しない。
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